2006年の911 | ときど記 後記

2006年の911

911という数字の並びは、誰にも同じものを連想させるはずです。


2001年9月11日。

マンハッタンの世界貿易センタービルに飛行機が突っ込みました。いわゆる同時多発テロ。


炎上し、崩れ落ちる世界最大級のビルの様子は、世界中で中継され、人々を震撼させました。



その跡地では現在、新しい貿易センタービルが建築中なのだそうです。

僕も2月にニューヨークに行くので、その現場を見てこようと思っています。



WTCを設計したのは、日系2世のミノル・ヤマサキという建築家です。

日系人の両親を持ち、アメリカに生まれ、アメリカに育ったヤマサキは、コンペで他のライバルを制し、マンハッタンの新たな象徴ともいうべきWTCの設計を勝ち得ました。


アメリカで最もアメリカらしい都市のシンボルとなるビルを、日本からの移民の子どもがつくりあげたわけです。

この事実は奇しくも、メルティング・ポット ― 人種のるつぼであるニューヨーク、そしてアメリカの性格をも表していました。


一方で、このWTCを、無理矢理なグローバライゼーションの中心であり、唯一の超大国であるアメリカの憎むべき象徴とみなす人々もいました ― 当然です ― そして、その後のWTCの悲劇を、いまや知らないひとはいません。




911の後、WTCの再建にあたって、様々な意見が挙がりました。


以前と同じ貿易センタービルを再建するという意見。

いや、以前よりもさらに高い2棟のビルを建てるんだという強硬案。

結局、WTCの象徴するものが、ある種の人々にとってどれほど憎むべきものであるのかを顧みることもないままに、強硬案に近い形で再建が進んでいます。


或いは、誰もが利用できる公園にしようとか、911で亡くなった人々の墓地にしようという意見もありました。

おそらく、支持を得られなかったであろうことが推測できます。




或るクリエイターは、光によるWTCの再現を提案しました。

WTCの跡地から2つの強力な光線を放つことで、光のWTCを夜空につくりあげる。これは911以前から企画されていたそうで、テロによってビルが崩壊してしまった後になって注目されたのだといいます。


光は、希望の象徴。「北風と太陽」でいうところの太陽のようなアイデアだと思います。

雑誌「Art in America」の表紙にも採用された光のWTC計画案は実に美しい。ぜひ、実現してほしいです。




一方、まったく違う観点から911からの復興を目指した建築家もいました。我らが安藤忠雄氏です。


彼はWTCの跡地に巨大な円形の墳墓を築くことを提唱しました。

地表から、小さな地球の一部が顔を覗かせているようなこんもりとした丘。土を盛って、芝を植えて、3万人!が座れるような場所。


もはや開発の必要のないマンハッタンに、これ以上ビルを造る意味はない。人類の共存を考え、静かに平和を祈れるような場所として、WTCの跡地を再生してはどうか。

僕は、ぜひ、この墳墓に座ってみたい、と思いました。テロに傷ついた人々の回復はもとより、テロの原因となった様々な問題を考え、平和を祈る場が、他でもないアメリカにできることには、とても大きな意味があると思うのです。


残念ながら、安藤氏の提案は提案のままで終わってしまいましたが...