ナマ卵の美術史 | ときど記 後記

ナマ卵の美術史

3年前、僕が大学1年生のときの美術史の授業。

先生は大きな荷物と共に教室に入ってきました。


大きな黒いキャリーケースのような中から出てきたのは、卵でした。何ダースも。大量の。

アシスタントにその卵を配布させながら、先生はその日の授業内容を説明し始めました。



曰く、

コロンブスは茹でた卵を立てて周りのひとを驚かせたけれど、あれは素人のやることだ。

生卵は、そのままで自立する。

割らないように気をつけながら、机の上に卵を立てなさい。



卵は、その独特の、円形の軌道を描いて転がる卵型をしています。

立つはずないじゃん。

第一、美術史の授業なんですが先生。


僕たち生徒はよくわからないまま、自分の机の上に卵を立て始める。先生にやにやしながら見ている。

コロンブスよりも素人の僕たちは卵を立てられない。先生、相変わらずにやにやしながら見ている。


しばらくすると、立った、という小さな声が聞こえました。

生卵が自立したそうです。


またしばらくすると、突然、僕の卵も立ちました。本当に突然のことでした。

コロンブスを超えた瞬間でした。


結局、生徒全員、それぞれの卵を立てることができました。

先生はこんどはにこにこしながら僕たちの様子を見ていました。




漸く講義が始まりました。


先生曰く。


生卵は、流動的な卵の中身(黄身)の重心と傾きが、地球の引力の向きにぴったり重なったときにのみ、直立するつ。

不安定な卵形だから、そのバランスは極めてもろい。その唯一のバランスを保つことができたときにだけ、卵は立つ。


「唯一のバランスを保つ」ことが、美しいということだと私は考える。

美術作品は、唯一の美しいバランスを求めて作家が試行錯誤した形跡である。


なぜその色なのか。なぜその線なのか。塗りの厚みは。素材は。額は。

全てが唯一のバランスのために構成されている。作品を観るのは、そのバランスを見極めることである。


君たちは努力しなければならない。

観ることに努力しなければならない。卵が立つ唯一のバランスを思い出してほしい。そして観てほしい。




一通りばあっと喋ると、先生は割れていない卵を回収して、授業を終え、教室を出て行ってしまいました。